自分の今を正直に今コノカタチ

顔デ笑ッテ心デ泣イテ手足に膿疱出来ちゃった!

gwzm

前の夜に行っていたならば。
もっと注視していたならば。
諦めさせていれば。
辛いって言ってくれれば…。

そんな想いばかりが頭をよぎって、
何で?どうして?
誰もが現実を受け止められないで居た瞬間だったと思う。

「胸部大動脈解離」

孫の結婚式に出席することを楽しみに、苦しく辛いリハビリを懸命に行う姿は、他の患者さんの目標となり、奇跡を積み重ねていた。

亡くなる前々日に、弟の手を借りながらも、約1分自力で立つことができた。
思わず拍手してその頑張りを讃えた。
事故以前、労いの言葉も、感謝の意も殆ど聞いたことがなかったが、筆談で何度も何度もその文字を見ることができた。

3月21日、彼岸の中日は震えるほど寒く、見舞った私の掌は冷たかった。
降り始めた雪を眺め、子供のような眼で驚いた表情をし、冷えた私の右手を取り、左手は額に置くように促す。
冷えた私の両の手は父の体温ですぐに温かくなった。

事故後、1度も面会に来れなかった高齢の父の叔母と握手を交わし、妹や弟、そして私たち家族とロビーで筆談での会話をしたのが1日の午後。
皆、父の元気な姿を確認し、安心して帰っていった。
まさかその3日後に、誰にもさよならも言わず、見送られずに逝ってしまうなんて…。
格好よすぎでしょう。
いいところだけみせていっちゃうなんてさ。ずるいよ。。。

通夜、葬儀告別式合わせて691人。
たくさんの方に惜しまれ、多くの方々に見送られ、父は旅立ちました。

お父さん、出来上がったよ。
話してたよね、あれ?言ってなかった?結婚式で使うやつ。
指輪乗せるクッション。
リングピローっていうの。
刺繍、分かる?そうそう、糸で絵とか文字とか縫うの。
中学生以来だから苦戦してるんで、出来上がるまで面会の回数減るかもって言ってたよね?
今日、娘夫婦に渡せたから。
お父さんにもらった老眼鏡かけながら、私も頑張ったよ!
当日はちゃんとフォーマル着てきてくださいね。

「はい、はい、わかりましたよ」

そんな父のちょっとふざけたような言い方が聞こえるような気がして…。
どうか無事にその日が迎えられますように、一緒に祝ってください。
お父さん。
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4月4日

私がこの世を去るならば、桜咲く季節がよいと、たた漠然と思っていた。
散り行く桜のように…。日本的ノスタルジーなんだろうか。
暑くもなく、寒くもなく、今は煙も見えないけれど、青空に流れる雲のように、家族に友に、見送ってもらえたら…と。
そんな想いを私より先に父が叶えてしまった。
享年86歳

私に出来ること。

最後の投稿から早2ヶ月季節は春。
この辺の桜は満開から既に散り始めました。
今年も花見らしい花見と言えば、会社に植えてある桜を昼休みに、お弁当を注文して職場の友や、退職した仲間を呼んでしたくらい。
花見の名所に行くことは今年もなかったな(^-^;

父の転院から間もなく1ヶ月。
実家の近くに移ったため、母は私たち妹弟の送迎なく行けるので助かっている。
命を落としてもおかしくなかった怪我から、今日は自力で立つこともでき、呼吸確保の為の装具も明日外してもらえるらしい。
奇跡の老人と救命の看護師の間で云われていた86歳の父はまだまだ奇跡を起こそうとしている。

その父がリハビリに精をだし、頑張っているのは、看護師、家族の励ましやサポートに他ならないが、この先の生活を思えば、モチベーションはさほど上がらないのだろうが、父にはある目標がある。
それは目前に迫った初孫の結婚式に出席すること。
「おじぃちゃん頑張ってきてね!」
孫娘に言われた父はそれを目標に頑張っている。
看護スタッフも「めざせ!○○!(挙式会場)」と声かけをしてくれ、最低1時間車椅子に座っていられるように頑張らせてくれている。

私も今は休会している、ヨガのストレッチ方や筋肉マッサージを父に教え、自主トレを促している。
頑固な父だが娘に厳しく指導されても、弱音を吐かず頑張っている。

そんな間近に迫った挙式に、金銭面だけでなく、母親としてしてあげられることは、娘の希望を叶えてあげること。
経験はないけど、友人の力を借りてブーケを手作りすることにした。
初めてにしては中々の出来ばえ♪
そしてこの機会にはじめて聞いた「リングピロー」こちらは現在進行形。
毎晩ひと針ひと針、刺繍をして挙式の1週間前までに完成を目指す!

そんなハードな日々と正月の牛肉が、ショーセキを悪化させてしまった(ToT)
夏に向かって素足になることもあるのに…また今年も絆創膏か。
最近は小麦粉も気にせず食べていたから悪化したのかも…。
私の体は、まだまだ牛肉と小麦粉を受け付けないらしい。f:id:ruki24812-m2:20180402211602j:plainf:id:ruki24812-m2:20180402211617j:plain

snow memorial

今シーズン2度めの降雪。
明日は出社出来るだろうか…。
前回の降雪時は通勤も可能だし行こうと思えば行けたけど、前日休暇宣言をして、仕事を持ち帰り午後から出社した。
4年前の大雪の時に、比較的職場まで近い私が行かないと大変だろうと、頑張って出社した。
案の定出社出来たのは、私を含めた数人でほぼ全滅に近い。
当然外部からの電話対応に追われ、仕事は手につかなかった。

現在、諸々山積の状況に行かなくて済むなら明日も道路事情と安全優先に出社は控えたい…けど。

冬が四季の中で1番苦手。雪に慣れてない。寒いのもいや。
それは子供の頃からだから、雪遊びやスキー、スノボも興味はなかったけれど、子供たちには当たり前に、冬行事としてイベントとしてはさせたし、連れていったりもしました。

子供たちも手が離れ、一緒に雪だるまを作ったりすることも無くなったけど、寂しいとかつまらないとかはない。だって…寒いの苦手だから(笑)

1番最後の最新の思い出は、まだ我が家に息子が居たとき。
下半身が麻痺して動けなかったけど、前足で雪の中を進んで行った。
皆で雪像を作った。
あれからもぅ4年経つのね。
あの仔が旅たってから。f:id:ruki24812-m2:20180202005159j:plainf:id:ruki24812-m2:20180202005252j:plainf:id:ruki24812-m2:20180202005519j:plain

言い訳

年の始めのブログのタイトルには相応しく無いけど。
ここは開き直って書き留めて置かなければならないな。

前回は120グラム、今回はグラム数でいったらどのくらいだったかな。
はい、これは牛肉のお話。

一昨年のX'mas、ショーセキも落ち着いて居たので、大丈夫だろうと食べたステーキ。数日後に悪化し半年を棒に振った経緯がある。

その夏には、恐らく蚊に刺されたことを発端とした全身の痒みを伴う湿疹。
そこから、今お世話になっている漢方薬局との出会いがあり治療が始り、そして、私の体に対して小麦粉の過剰摂取が原因かと思われるショーセキの症状の改善が見られ、ほぼ完治に近い状態までになっていた。

責任転嫁するわけじゃないけど、漢方薬局の先生も整体の先生も「もぅ牛肉たべても大丈夫だよ」とうれしい言葉をかけてくださったから。

そして先週、ちょっと楽しみな集まりがあり、私の手も回復にあるというので、焼肉やさんに行くことになった。1年半ぶりの焼肉に、やはりテンションがあがり…。
よせばいいのに…、様々な部位をそれなりの量を食してしまった…。
結果!

言えないよ…ご馳走してくれた人に(ToT)f:id:ruki24812-m2:20180121131800j:plain

あの日のこと

それはいつもと変わらない、月に一度のライフワークの日。
退社後いつものコンビニにより、一休みとメールチェック。

目的地に向かうべく車を走らせる。
道すがら対向車線に不自然に停まる2台の車。前の車はボンネットが凹んでいた。
(事故か…)
減速して何気に車と車の間を除き見る。白髪の老人が倒れていた。
(うわっ!人身事故)
傍らに女性らしきが寄り添っていたが、暗くてよく見えない。

そのまま通過して、目的地に到着。
すると間もなく父親の携帯から着信。
(何、もぅお父さん)
父はよく間違えて電話をかけてくる。
父ではない男性の声。

「○○さんですか?」
「はい、そうですが…」
「お父様が先程…」
繋がった!あの白髪の老人は父だったのか。

搬送先の病院へ母を連れて向かう。
後から家族も到着し、そこからはただ祈り待つだけの長い長い時間が流れる。
救急隊の方の説明、事故相手との話も出来た。前方不注意。
自分なりに頭を整理しながら、動揺することなく対応出来たと思う。不思議と。

徒歩で道路横断中の追突事故
左腕複雑骨折、右惻頭部裂傷、肋骨6本、骨盤、恥骨、仙骨骨折
脾臓、肺損傷、動脈解離、内臓損傷による大量出血

搬送先から移送された病院での、医師からの説明。確か朝方5時くらいだったと記憶している。

高齢による運転操作誤りが問題化される中、免許証返上を勧めていた矢先、まさか父が。

移送先の医師の話は、搬送先の病院での時間が1番重篤であったと。
でも家族全員、父がそこでまさか亡くならないだろうと思っていた、多分誰も。

事故から約50日、その父が目覚ましい回復をみせている。
寝たきりであったため、骨折した部分は繋り、当初の様な痛みは恐らくない。リハビリも数日前から始まって、今はベッドの端に座る体制の訓練を受けている。

事後直後、父の側に付いていてくれた人は、看護師の方だと現場検証を終えた後、病院に見舞いにきた事故相手から聞いた。どこの誰であったか、まだお礼も言えていない。

日によって発熱や肺水排出、呼吸補助の為の装置は付いているが、年齢と怪我の大きさから、まさかここまで回復するとは、病棟内でも驚きがあると聞く。
事故後、家族の生活も一変したが、
学ぶこと、気付かされたことも多く、決して悲観していない。

夏以降、私の掌蹠膿疱も、ほぼ完治に近い状態まで回復した。
掛かり付けの漢方薬局の先生、私に関り状況を見てきた人も、今の状態の良さに驚いている。
様々な何かが合致して、快方に向かったのだとは思う。

今年も残すところ10日を切り、忙しく動き回る日常に留意しつつ、よい年末を迎えたい。f:id:ruki24812-m2:20171222063654j:plainf:id:ruki24812-m2:20171222063711j:plain

ボブ試し

人の記憶って、直近しかないんだなって思った。

私の人生の中で、ロングヘアは伸ばしかけも含めてトータル10年くらいで、断然ショートの方が多いのに、
ふとしたことから髪を伸ばしはじめて約2年半。
腰に届くか届かないかってところで30㎝程断髪した。
「何かあったの?」とか聞かれるけど、特に理由もなく飽きたから。

足立梨花小泉今日子米倉涼子
(※顔も年齢もスタイルも違うけど)
長い髪は洗髪は大変だけど、パーマをかけたスタイルだと、根元だけ乾かして、スタイリング材つけて自然乾燥で楽チンだった。
でも、今はその逆だね。
ストレートのショートボブは乾燥からスタイリングまで一気にやらないと、変な癖がついちゃう。
まぁ短い方が楽なのは言うまでも無いけど。

年齢も考えたらこの先、腰までのロングにすることはほぼないだろうけど、元々ストレートの私は、ウェーブヘアにするのに、最低2回かけ直さないと綺麗なカールが出ない。行きつけのヘアサロンはデジタルパーマに消極的で導入をためらっていたらしいけど、画期的な薬剤でこの度導入するとか。
「○○さん、今度はいい感じにかかりますよ♪」
おっせーよ、もうしないわ!
とは、言いませんでしたけどね(笑)